2013年4月18日木曜日
「草枕」の舞台・小天(おあま)小旅行記(1)
久しぶりのブログ更新です。
前から行ってみたかった熊本県玉名市の天水町にある小天(おあま)温泉に行ってきたのでその覚え書き的な内容の記事です。
玉名と言えば玉名温泉が有名で、小天は玉名市内からバスで30分ほどの場所にある鄙びた温泉で、夏目漱石の小説「草枕」の舞台になった場所である、「草枕」はカナダ人ピアニスト、グレン・グールドの愛読書であった、明治の民権運動が盛んな場所であった、草枕に登場する前田家の人々が中国の革命を支援していた縁で孫文や黄興などの中国人革命家たちもここを訪れた、笠智衆の生まれ故郷である、等々、色々興味深い場所ではあるのですが、あまりメジャーな観光地にはなっていないようです。
もっとも二年ほど前にスタジオジブリの宮崎駿監督もわざわざ東京から数名のスタッフの皆さんとツアーを組んで観光にいらしたそうなので、知る人ぞ知るという感じでしょうか。
世の中の人々が村上春樹の新刊に夢中になっている時になぜ夏目漱石なのか、そんなに漱石が好きなのか、聞かれるとそれは難しい問題でシェイクスピアが好きか、と聞かれるのと一緒で偉大過ぎて好き嫌いを超えた存在なのでなんとも言えないのですが、私はグレン・グールドの弾くバッハが好きでCDを愛聴していることと、色々調べているうちに「草枕」に登場する前田家(小説のなかでは志保田家)の人々が私財をなげうって中国の辛亥革命を支援していたこと等がわかり興味をそそられた事もあり冒頭部分の有名な箇所しか知らなかった「草枕」を一度ちゃんと読んでみようかなという気になったと同時に小天にも行ってみたいと思ったのでした。
「草枕」は青空文庫でダウンロードして無料で読むことができます。
また、ポッドキャストで朗読を無料で公開されている方もいらっしゃいます。
http://www.voiceblog.jp/ted606/car21.html
冒頭部分が主人公=漱石の芸術に関する独白が延々続き、なかなか物語が展開しないので
少し忍耐を要しますが興味がある方は読んでみられるといいと思います。
できればグールドのバッハをBGMに読むとなお良いかと。
http://www.youtube.com/watch?v=_FXoyr_FyFw
(2)に続く。
2012年5月17日木曜日
上海・昆明旅行記(6)
五日目(25日 上海~佐賀~福岡)
この日も五時に起きて人民広場駅から始発に乗り、リニアの駅のある龍陽路駅まで。
上海市内から浦東空港までリニアで7分半ほどで到着する。
リニアは最高時速430キロという事になっているが実際は私が乗ったときには最高で300キロほどしかでていなかったので、日本の新幹線と同じぐらいの体感スピードだった。
浦東空港では搭乗口がAからMまであり、私の乗る春秋航空の搭乗口はMだった。
格安航空なのであまり文句は言えないがとにかく搭乗口までが遠い。
行きはともかく帰りは買い物で荷物が重くなっているので体力に自信のない人には正直格安航空はあまりお勧めできないと思った。
結局荷物は一キロオーバーで80元の追加料金を払った。
追加料金を払っている人が多かった。
80元≒1000円ぐらいなので最初から払うつもりの人も結構いるようだった。
そして佐賀空港に到着し、荷物が出てくるのを待っていると麻薬探知犬のラブラドール・レトリバーが係りの人に連れられて3回ほど乗客の間を回っていた。
「か、かわいい。」みたいなかんじで乗客たちの目はみな彼に釘付けだった。
旅行疲れの体を癒してくれるような感じで少し和んだ。
(もちろん麻薬を持ち帰っていない人限定の和みだけど。)
その後実家に電話をいれ迎えを待っていると、また今から上海に帰る中国人と間違えられて空港の職員の人に何度も声をかけられる。「大丈夫ですかー。」
今上海から帰ってきたばっかりだっていうの。
その後実家で少し休憩して、西鉄バスわかくす号で天神までもどり、夕方には家に戻った。
私と入れ代わりで夫が旅行に出掛けたので、私はその間家に引きこもって今回の旅で買った雑貨のためのネットショップを作っていた。
(終わり)
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
→アジアン雑貨フルス
この日も五時に起きて人民広場駅から始発に乗り、リニアの駅のある龍陽路駅まで。
上海市内から浦東空港までリニアで7分半ほどで到着する。
リニアは最高時速430キロという事になっているが実際は私が乗ったときには最高で300キロほどしかでていなかったので、日本の新幹線と同じぐらいの体感スピードだった。
浦東空港では搭乗口がAからMまであり、私の乗る春秋航空の搭乗口はMだった。
格安航空なのであまり文句は言えないがとにかく搭乗口までが遠い。
行きはともかく帰りは買い物で荷物が重くなっているので体力に自信のない人には正直格安航空はあまりお勧めできないと思った。
結局荷物は一キロオーバーで80元の追加料金を払った。
追加料金を払っている人が多かった。
80元≒1000円ぐらいなので最初から払うつもりの人も結構いるようだった。
そして佐賀空港に到着し、荷物が出てくるのを待っていると麻薬探知犬のラブラドール・レトリバーが係りの人に連れられて3回ほど乗客の間を回っていた。
「か、かわいい。」みたいなかんじで乗客たちの目はみな彼に釘付けだった。
旅行疲れの体を癒してくれるような感じで少し和んだ。
(もちろん麻薬を持ち帰っていない人限定の和みだけど。)
その後実家に電話をいれ迎えを待っていると、また今から上海に帰る中国人と間違えられて空港の職員の人に何度も声をかけられる。「大丈夫ですかー。」
今上海から帰ってきたばっかりだっていうの。
その後実家で少し休憩して、西鉄バスわかくす号で天神までもどり、夕方には家に戻った。
私と入れ代わりで夫が旅行に出掛けたので、私はその間家に引きこもって今回の旅で買った雑貨のためのネットショップを作っていた。
(終わり)
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| こんなのや |
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| こんなのや |
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| こんなのを売っています |
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
→アジアン雑貨フルス
2012年5月16日水曜日
上海・昆明旅行記(5)
四日目(24日 上海)
この日は飛行機での移動がないので時間的ににゆっくりのはずだった。
朝8時にホテルを出発し、いったん地下鉄で虹橋駅に行って地下のレストラン街で軽い朝食を済ませてから人民広場駅に向かった。
午前中は上海博物館を見学する予定だったのでホテルにいったん荷物を預けてから博物館へと向かう。
ホテルにたどり着く前に中福城という系列の大きいビルがあって、私はそのビルの中にホテルがあるのかと思って入り口を探してぐるぐる回って見たが入り口が分からなかったので、一階テナントのマッサージ屋の人に聞いてみると、通り沿いにまっすぐ行ったらあるよと教えてくれた。
宿泊先の中福大酒店は大きくてきれいなホテルだった。
受付のお兄さんは台湾ドラマに出てくる俳優のワン・チュアンイーに少し似たイケメンで、受付のほかにコンシェルジュというのがあってそこにもさわやか系のイケメンお兄さんがいた。
今までのホテルと全然違う。(それでも日本のビジネスホテルよりは安い)
しかしこの時点でもう既に11:00。予定より2時間ほど遅れていた。
地図で見ると上海博物館は人民広場駅からすぐ近くなのだが、そこは大陸なので日本と道の幅とか建物の大きさが全然違うので意外と近くなかったりする。
上海でも街の中心部なので大きい建物がいっぱいありすぎてどれが上海博物館なのかさっぱり分からない。
上海博物館を探して人民広場公園付近を彷徨っていると森三中似の二人組の女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
急いでいたので適当にごまかして断る。
人民広場駅近くにもう一度戻ってみるとまた別の二人組みの若い女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
にこやかで人懐こい感じだったので断りきれず写真を撮ってあげた。
すると「あなたは何人か」とか「今からどこに行くのか」とか色々聞いてきて博物館に行くというと「博物館は人がいっぱい並んでて大変だから後から行ったほうがいいですよ」という。
地下街にいったん潜り上海博物館と書いてある出口を探すことにしたので彼女たちとは別れた。そしてやっと上海博物館らしき建物を見つけてあとすこしの所でまた二人組みの女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
「あのー。私急いでるんだけど・・まあいいか」と思いつつ「一・二・三」と写真を撮ってあげた。
そしたら彼女たちもやたらと人懐こく話しかけてきて博物館は混んでるから後にして私たちと一緒に「ティーセレモニー」に行こうとしつこく誘ってくる。
彼女たちのしつこい誘いを何とかかわして博物館にたどり着くともう12:00近くになっていた。
後で知ったのだけど上海の人民広場付近で写真撮ってくださいというのは基本的に悪質なキャッチ(客引き)なので写真撮ってくださいといわれても絶対にお断りして下さい。
要注意!中国茶会詐欺!絶対に行かないで
博物館にたどり着くと団体入口のほうは列ができていたが、個人入口は特に何の問題もなく入場できた。
平日なのでそれほど混んでいなかったが、時間がなかったので全部を見るのは諦めて少数民族工芸館だけを見て、一階のレストランで昼ごはんを食べ、ミュージアムショップにちょっと寄ってばたばたと次の場所へ移動。
事前に調べておいた少数民族雑貨の店を3件はしご。
一軒目は雲南やチベットの雑貨を取り扱っている店で、バックやポーチなどを買った。
二件目は貴州省のミャオ族のおばさんたちの工房兼店舗のようなところで、絣の着物を着たおばさんたちが元気に店をやっていた。
なんだか少数民族というよりは日本の田舎のおばさんたちのようなちょっと懐かしい雰囲気の人たちだった。
色々買って精算していると、これはどうかといって別の手織りのショールのようなものをおばちゃんが持ってくる。
たしかに品は良かったが値段が少し高かったので「これはいらない。(不要)」といったら、おばちゃんが「啊~。不要・・」と予想外に悲しそうな反応をしたので私はどうしていいか分からなかった。
もっとやさしい断り方があったのか、それとも値切ればよかったのか・・・
その後休憩のために入ったカフェで間違えて凄く高いコーヒーを頼んで自分でびっくりしてしまった。
ちょっと疲れていたので頭がちゃんと働いてなかったのだろう。
13元かとおもったら138元(=約1800円)といわれて、あれなんか桁が一桁多いなと思ったが仕方がないので払って飲んだ。
それは所謂コピ・ルアクというジャコウネコが一度食べたコーヒー豆を使ったコーヒーだったのだが、コーヒーのさわやか感とは真逆の動物的かつ濃厚な味と香りで美味しいかといわれるとちょっと微妙な感じのものだった。
三軒目はイ族の人がやっている民芸品店に行った。この店の人は日本語が上手で感じがよかった。値段も良心的な感じだった。
沢山の買い物を抱えてやっとの思いでホテルへと戻った。
外食に行く気力もなかったので夕食はホテル近くのコンビニで買ったお弁当を買って食べた。
豚の角煮的なものがご飯の上に乗っていてなかなか美味しいお弁当だった。
買い物疲れと明日の朝また5時起きで空港に移動しなければいけない緊張でこの晩はあまり寝付けなかった。
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
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この日は飛行機での移動がないので時間的ににゆっくりのはずだった。
朝8時にホテルを出発し、いったん地下鉄で虹橋駅に行って地下のレストラン街で軽い朝食を済ませてから人民広場駅に向かった。
午前中は上海博物館を見学する予定だったのでホテルにいったん荷物を預けてから博物館へと向かう。
ホテルにたどり着く前に中福城という系列の大きいビルがあって、私はそのビルの中にホテルがあるのかと思って入り口を探してぐるぐる回って見たが入り口が分からなかったので、一階テナントのマッサージ屋の人に聞いてみると、通り沿いにまっすぐ行ったらあるよと教えてくれた。
宿泊先の中福大酒店は大きくてきれいなホテルだった。
受付のお兄さんは台湾ドラマに出てくる俳優のワン・チュアンイーに少し似たイケメンで、受付のほかにコンシェルジュというのがあってそこにもさわやか系のイケメンお兄さんがいた。
今までのホテルと全然違う。(それでも日本のビジネスホテルよりは安い)
しかしこの時点でもう既に11:00。予定より2時間ほど遅れていた。
地図で見ると上海博物館は人民広場駅からすぐ近くなのだが、そこは大陸なので日本と道の幅とか建物の大きさが全然違うので意外と近くなかったりする。
上海でも街の中心部なので大きい建物がいっぱいありすぎてどれが上海博物館なのかさっぱり分からない。
上海博物館を探して人民広場公園付近を彷徨っていると森三中似の二人組の女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
急いでいたので適当にごまかして断る。
人民広場駅近くにもう一度戻ってみるとまた別の二人組みの若い女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
にこやかで人懐こい感じだったので断りきれず写真を撮ってあげた。
すると「あなたは何人か」とか「今からどこに行くのか」とか色々聞いてきて博物館に行くというと「博物館は人がいっぱい並んでて大変だから後から行ったほうがいいですよ」という。
地下街にいったん潜り上海博物館と書いてある出口を探すことにしたので彼女たちとは別れた。そしてやっと上海博物館らしき建物を見つけてあとすこしの所でまた二人組みの女性に「写真撮ってください」と頼まれる。
「あのー。私急いでるんだけど・・まあいいか」と思いつつ「一・二・三」と写真を撮ってあげた。
そしたら彼女たちもやたらと人懐こく話しかけてきて博物館は混んでるから後にして私たちと一緒に「ティーセレモニー」に行こうとしつこく誘ってくる。
彼女たちのしつこい誘いを何とかかわして博物館にたどり着くともう12:00近くになっていた。
後で知ったのだけど上海の人民広場付近で写真撮ってくださいというのは基本的に悪質なキャッチ(客引き)なので写真撮ってくださいといわれても絶対にお断りして下さい。
要注意!中国茶会詐欺!絶対に行かないで
博物館にたどり着くと団体入口のほうは列ができていたが、個人入口は特に何の問題もなく入場できた。
平日なのでそれほど混んでいなかったが、時間がなかったので全部を見るのは諦めて少数民族工芸館だけを見て、一階のレストランで昼ごはんを食べ、ミュージアムショップにちょっと寄ってばたばたと次の場所へ移動。
事前に調べておいた少数民族雑貨の店を3件はしご。
一軒目は雲南やチベットの雑貨を取り扱っている店で、バックやポーチなどを買った。
二件目は貴州省のミャオ族のおばさんたちの工房兼店舗のようなところで、絣の着物を着たおばさんたちが元気に店をやっていた。
なんだか少数民族というよりは日本の田舎のおばさんたちのようなちょっと懐かしい雰囲気の人たちだった。
色々買って精算していると、これはどうかといって別の手織りのショールのようなものをおばちゃんが持ってくる。
たしかに品は良かったが値段が少し高かったので「これはいらない。(不要)」といったら、おばちゃんが「啊~。不要・・」と予想外に悲しそうな反応をしたので私はどうしていいか分からなかった。
もっとやさしい断り方があったのか、それとも値切ればよかったのか・・・
その後休憩のために入ったカフェで間違えて凄く高いコーヒーを頼んで自分でびっくりしてしまった。
ちょっと疲れていたので頭がちゃんと働いてなかったのだろう。
13元かとおもったら138元(=約1800円)といわれて、あれなんか桁が一桁多いなと思ったが仕方がないので払って飲んだ。
それは所謂コピ・ルアクというジャコウネコが一度食べたコーヒー豆を使ったコーヒーだったのだが、コーヒーのさわやか感とは真逆の動物的かつ濃厚な味と香りで美味しいかといわれるとちょっと微妙な感じのものだった。
三軒目はイ族の人がやっている民芸品店に行った。この店の人は日本語が上手で感じがよかった。値段も良心的な感じだった。
沢山の買い物を抱えてやっとの思いでホテルへと戻った。
外食に行く気力もなかったので夕食はホテル近くのコンビニで買ったお弁当を買って食べた。
豚の角煮的なものがご飯の上に乗っていてなかなか美味しいお弁当だった。
買い物疲れと明日の朝また5時起きで空港に移動しなければいけない緊張でこの晩はあまり寝付けなかった。
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| 中華ファーストフード真功夫での朝ごはん 13元(=170円)安い! |
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| ミャオ族の民族衣装 上海博物館にて |
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| まぼろしのコーヒー コピ・ルアクを飲んだ店 |
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| ミャオ族のおばさんから買った シルバーブレスレット |
→アジアン雑貨フルス
2012年5月15日火曜日
上海・昆明旅行記(4)
三日目(23日昆明~上海)
中国のトイレでは紙を流してはいけない、ということはわかっているのだ。
でもときどき間違えて流してしまうことがある。
上海のホテルでは少しぐらい間違えて流しても問題なかったのだが、昆明では本当に大変な事に。
明け方寝ぼけてトイレに行くと水位が増しておりパジャマが水に濡れてしまった。
トイレを詰まらせてしまったらしい。
コップですくってバスタブに流すことで水は減ったのでまた寝たのだけど、朝起きるとまた水の量が増えていた。
「どうしよう・・・」
とりあえずトイレが使えないのでエレベーターで一階のトイレまで行く。
一階のフロント近くのトイレには紙と言うものが全く置いていなかった。
きっと詰まらせる人が後を絶たないのだろう。
エレベーターで部屋にもどってトイレットペーパーをロールごと持ってまた一階のトイレに行かなければいけなかった。
その後ホテルのフロントに電話をかけ「马桶堵了。(トイレが詰まりました)」と言ってみると「好的。等一下。(分かりました。少々お待ちください)」と言ったきりホテルの人はなかなか来なかった。
先に朝食を食べることにした。
その後ホテルの一階で友達が来るのを待っていたら、ホテルの受付のおばちゃんと宿泊客(白人男性)が急に大喧嘩を始めた。
男性は予約済みで支払いもネットで済ませたといっているが、それに対して「あなたお金払ってない、嘘つくな」みたいなことをおばちゃんがすごい剣幕でまくし立てていた。
昨日の受付の人はとても上品な感じだったのに、やっぱり中国の人怒らせたら怖いんだなあと思った。
日本のホテルじゃいくら客が悪い人でもあの剣幕はありえない。
何事も穏便に済ませようとする日本人とは文化が違うというか・・・
「こんなホテル二度と来るか」と男性はどこかへ行ってしまった。
あの人どうなったんだろう。
もし本当にお金を払っていたとしたら気の毒だけど。
そして、雲南省博物館(無休)とガイドブックには確かに書いてあったのに、月曜休館日。
朝から行き場を失う。こんなに朝早くから土産物屋も開いていないし。
とりあえずスタバを発見したので入って休憩することに。
途中でアップルストアを見かけたので、
「昆明にもアップルストアってあるんだね」
「いえ。中国にはアップルストアとかないですから」
「え、じゃあ・・偽アップルストアって言うこと」
ないものは作ってしまえ、という発想はある意味素晴らしいと思うが・・・
ちなみに「中国 アップルストア」でぐぐるとトップにこの昆明の偽アップルストアの記事が出てきます。 店舗まるごと偽物の「偽アップルストア」、中国に出現
その後は市内の公園やお寺などの観光名所、雲南大学の構内なども見学しカルフールでお土産用の雲南コーヒーやお菓子、干しマツタケなどを買って夕方には空港へ着いた。
空港のレストランのメニューはいい値段だった。
「黒胡椒牛肉飯」というのを頼むと出てきたのはカレーだった。
想像したものと違ったがまあいいやと思って食べた。
確かにすごく胡椒が効いていた。
上海への帰りの便は直行便ではなく、途中で一度常徳桃花源空港というところを経由してそこでの乗客の乗り降りがあり、予定の時刻を過ぎてもなかなか飛行機は出発せず、さすがに夜12:00近かったので乗客もみな疲れていらいらし始めていた。
テーブルをドンドン叩いている人もいたし、私の隣の席の若者グループはトランプを始めて騒ぎ始めた。
その後やっと飛行機は上海へ向けて出発し、騒いでいた若者たちも疲れて寝てしまった。
結局上海の宝隆居家酒店(最初の日に泊まったホテル)に着いたのは午前1:00ごろだった。
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
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中国のトイレでは紙を流してはいけない、ということはわかっているのだ。
でもときどき間違えて流してしまうことがある。
上海のホテルでは少しぐらい間違えて流しても問題なかったのだが、昆明では本当に大変な事に。
明け方寝ぼけてトイレに行くと水位が増しておりパジャマが水に濡れてしまった。
トイレを詰まらせてしまったらしい。
コップですくってバスタブに流すことで水は減ったのでまた寝たのだけど、朝起きるとまた水の量が増えていた。
「どうしよう・・・」
とりあえずトイレが使えないのでエレベーターで一階のトイレまで行く。
一階のフロント近くのトイレには紙と言うものが全く置いていなかった。
きっと詰まらせる人が後を絶たないのだろう。
エレベーターで部屋にもどってトイレットペーパーをロールごと持ってまた一階のトイレに行かなければいけなかった。
その後ホテルのフロントに電話をかけ「马桶堵了。(トイレが詰まりました)」と言ってみると「好的。等一下。(分かりました。少々お待ちください)」と言ったきりホテルの人はなかなか来なかった。
先に朝食を食べることにした。
その後ホテルの一階で友達が来るのを待っていたら、ホテルの受付のおばちゃんと宿泊客(白人男性)が急に大喧嘩を始めた。
男性は予約済みで支払いもネットで済ませたといっているが、それに対して「あなたお金払ってない、嘘つくな」みたいなことをおばちゃんがすごい剣幕でまくし立てていた。
昨日の受付の人はとても上品な感じだったのに、やっぱり中国の人怒らせたら怖いんだなあと思った。
日本のホテルじゃいくら客が悪い人でもあの剣幕はありえない。
何事も穏便に済ませようとする日本人とは文化が違うというか・・・
「こんなホテル二度と来るか」と男性はどこかへ行ってしまった。
あの人どうなったんだろう。
もし本当にお金を払っていたとしたら気の毒だけど。
そして、雲南省博物館(無休)とガイドブックには確かに書いてあったのに、月曜休館日。
朝から行き場を失う。こんなに朝早くから土産物屋も開いていないし。
とりあえずスタバを発見したので入って休憩することに。
途中でアップルストアを見かけたので、
「昆明にもアップルストアってあるんだね」
「いえ。中国にはアップルストアとかないですから」
「え、じゃあ・・偽アップルストアって言うこと」
ないものは作ってしまえ、という発想はある意味素晴らしいと思うが・・・
ちなみに「中国 アップルストア」でぐぐるとトップにこの昆明の偽アップルストアの記事が出てきます。 店舗まるごと偽物の「偽アップルストア」、中国に出現
その後は市内の公園やお寺などの観光名所、雲南大学の構内なども見学しカルフールでお土産用の雲南コーヒーやお菓子、干しマツタケなどを買って夕方には空港へ着いた。
空港のレストランのメニューはいい値段だった。
「黒胡椒牛肉飯」というのを頼むと出てきたのはカレーだった。
想像したものと違ったがまあいいやと思って食べた。
確かにすごく胡椒が効いていた。
上海への帰りの便は直行便ではなく、途中で一度常徳桃花源空港というところを経由してそこでの乗客の乗り降りがあり、予定の時刻を過ぎてもなかなか飛行機は出発せず、さすがに夜12:00近かったので乗客もみな疲れていらいらし始めていた。
テーブルをドンドン叩いている人もいたし、私の隣の席の若者グループはトランプを始めて騒ぎ始めた。
その後やっと飛行機は上海へ向けて出発し、騒いでいた若者たちも疲れて寝てしまった。
結局上海の宝隆居家酒店(最初の日に泊まったホテル)に着いたのは午前1:00ごろだった。
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| 昆明市内中心部の広場で踊りを踊る人たち |
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| 雲南大学の構内。 この階段を登ると少し息苦しい感じがした。 昆明は街全体の標高が2000m近くあるので 軽い高地トレーニング状態。 |
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| 雲南大学近くの食堂。 すごく量が多かった。 |
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| 円通寺 昆明最古の仏教寺 日本のお寺とお祈りの仕方が違うようだった。 信者の人はみな頭を床につけて土下座のような感じで熱心に祈りをささげていた。 |
→アジアン雑貨フルス
2012年5月13日日曜日
上海・昆明旅行記(3)
二日目(22日上海~昆明)
この日は早朝の便で昆明に向かうため朝5時に起きた。
「明天早上五点半,幫我叫一輛出租車。」という私の棒読み中国語があの受付のおねえちゃんに果たして通じたのか少々不安ではあった。
受付の人は昨日のお姉ちゃんじゃなかった。昨日チェックインですったもんだしている時に他の客が「退房(トゥイファン)」と言ってチェックアウトしてるのを見かけたので真似して私も「退房」と言ってみた。
職員のおじさんが出てきてタクシーをホテルの前の道路で拾うので私は中でまってろと言う。
日本だと予約の時間にタクシーが来るのだけど、こっちの場合は職員の人が「ヘイ、タクシー」と手を挙げてホテルの前でタクシーを拾ってくれる。
3回ほど乗車拒否にあいタクシーに素通りされ大丈夫かと思ったけどなんとか虹橋空港第一ターミナルへ到着した。
空港に着く前に大杉漣似のタクシー運転手が「領収書いりますか」みたいなことを聞いてきたので一応「下さい」というとおもむろに前の乗客の分のレシートをちぎって「これでいいか」という。
日本だとありえないけどまあいいか、ここは中国だし、と思ってそのまま受け取っておいた。
国内線なので、国際線よりはチェックや手続きは厳しくないのだろう、と漠然と考えていたのだが甘かった。
ボディチェックは体の隅々まで厳しく調べられるし、ペットボトルに少しだけ残っていた水も「ミズ、ダメ!」と没収。
昆明行きの便の乗客にはさすがに日本人は見当たらなかった。
中国人とも違う東南アジア系の顔つきの人が結構いた。
預け入れ荷物がトランクではなく農作物の入ったようなダンボール箱の人もいた。
そして四時間弱のフライトの後、昆明巫家坝(くんみん・うーじゃーばー)国際空港に到着。昆明には現在新しい国際空港が建設中なのでこの空港はまもなく閉鎖される予定である。
その後は知り合いのO君と合流しとりあえず荷物を預けるためにホテルへと向かった。
ホテルのフロントの人は上海のホテルの受付のお姉ちゃんとは違い、流暢な英語で私に話しかけてきた。部屋でもWIFI がつながるし朝食も付いていてなかなか快適なホテルだった。
そしてバスで雲南民族村へと向かった。
雲南省は少数民族がたくさん暮らしているので、その生活に触れることができるテーマパークとして民族村は観光名所となっている。
あまり時間もなかったので駆け足で回った感じだったが、少数民族の文化を見学できたのでよかった。民族村は一応18:00まで営業しているはずだったが残念ながら雨が降り出したので、17:00にはもうほとんど終了状態のところが多かった。
できれば少数民族の工芸品を手に入れたかったのだが、残念ながら結局何も買わなかった。
そのあとガイドブックに書いてあったショーを見ながら食事ができるレストランへと行った。
ショーの開演の時間になっても何も始まる様子もないので「今日はショーはないんですか」と聞いてみるとあっさり「没有(ないです)」という答え。
ガイドブックやブログでみた情報と全く違うやる気のなさ。 2009年にこの店に行った人のブログ
写真つきのブログ
この店にいったい何があったのだろう、と思わせるほどの寂れっぷりであった。
シーンとした店中で名物の過橋米線を食べていると「あ、猫が。」とO君が呟く。
なんとステージの上を猫が走り回っている始末。
そういえばこの日は昼も民族村で過橋米線を食べたし、夜もこのシーンとしたレストランで過橋米線を食べている。
なぜこんなに過橋米線が名物なのだろう、と思って聞いてみた。
すると「雲南省南部蒙自県の南湖にある小さな島は、科挙の試験を受ける書生が集中して勉強をするには適した場所で、ある書生がこの小島で科挙に備えて勉強に取り組んでいた。書生の妻は食事を作って運ぶのだが、夫はすぐに食べないのでいつも冷めてしまう。ある時、鶏を土鍋で煮込み夫の元へ届けたところ鶏油が浮いていて、長い時間が経過しても料理は熱さを保っていた。そこで米線を入れたところ、夫はとても美味しいと喜んで食した。夫が喜んだので、妻は度々この料理を作り、小島への橋を渡って夫の元へ運んでいた。後に夫は科挙に合格し、妻が届けた米線のおかげで合格できたと語られるようになった 」といういわれについて説明してくれた。(Wikipedia参照)
私「なるほどね。合格ラーメンって訳か。」
O君「そう言っちゃうとなんだか風情がないんですけど・・・」
味そのものよりもその縁起のよさを食べると言う感じ。伊勢うどんみたいなものか・・
モソ人の男女の相聞歌と踊り(モソは政府に新たな少数民族としてまだ認められていないためモソ族ではなくモソ人という)
アチャン族の住居
チベット族のマニ車と太鼓
猫が走り回るレストラン
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
→アジアン雑貨フルス
この日は早朝の便で昆明に向かうため朝5時に起きた。
「明天早上五点半,幫我叫一輛出租車。」という私の棒読み中国語があの受付のおねえちゃんに果たして通じたのか少々不安ではあった。
受付の人は昨日のお姉ちゃんじゃなかった。昨日チェックインですったもんだしている時に他の客が「退房(トゥイファン)」と言ってチェックアウトしてるのを見かけたので真似して私も「退房」と言ってみた。
職員のおじさんが出てきてタクシーをホテルの前の道路で拾うので私は中でまってろと言う。
日本だと予約の時間にタクシーが来るのだけど、こっちの場合は職員の人が「ヘイ、タクシー」と手を挙げてホテルの前でタクシーを拾ってくれる。
3回ほど乗車拒否にあいタクシーに素通りされ大丈夫かと思ったけどなんとか虹橋空港第一ターミナルへ到着した。
空港に着く前に大杉漣似のタクシー運転手が「領収書いりますか」みたいなことを聞いてきたので一応「下さい」というとおもむろに前の乗客の分のレシートをちぎって「これでいいか」という。
日本だとありえないけどまあいいか、ここは中国だし、と思ってそのまま受け取っておいた。
国内線なので、国際線よりはチェックや手続きは厳しくないのだろう、と漠然と考えていたのだが甘かった。
ボディチェックは体の隅々まで厳しく調べられるし、ペットボトルに少しだけ残っていた水も「ミズ、ダメ!」と没収。
昆明行きの便の乗客にはさすがに日本人は見当たらなかった。
中国人とも違う東南アジア系の顔つきの人が結構いた。
預け入れ荷物がトランクではなく農作物の入ったようなダンボール箱の人もいた。
そして四時間弱のフライトの後、昆明巫家坝(くんみん・うーじゃーばー)国際空港に到着。昆明には現在新しい国際空港が建設中なのでこの空港はまもなく閉鎖される予定である。
その後は知り合いのO君と合流しとりあえず荷物を預けるためにホテルへと向かった。
ホテルのフロントの人は上海のホテルの受付のお姉ちゃんとは違い、流暢な英語で私に話しかけてきた。部屋でもWIFI がつながるし朝食も付いていてなかなか快適なホテルだった。
そしてバスで雲南民族村へと向かった。
雲南省は少数民族がたくさん暮らしているので、その生活に触れることができるテーマパークとして民族村は観光名所となっている。
あまり時間もなかったので駆け足で回った感じだったが、少数民族の文化を見学できたのでよかった。民族村は一応18:00まで営業しているはずだったが残念ながら雨が降り出したので、17:00にはもうほとんど終了状態のところが多かった。
できれば少数民族の工芸品を手に入れたかったのだが、残念ながら結局何も買わなかった。
そのあとガイドブックに書いてあったショーを見ながら食事ができるレストランへと行った。
ショーの開演の時間になっても何も始まる様子もないので「今日はショーはないんですか」と聞いてみるとあっさり「没有(ないです)」という答え。
ガイドブックやブログでみた情報と全く違うやる気のなさ。 2009年にこの店に行った人のブログ
写真つきのブログ
この店にいったい何があったのだろう、と思わせるほどの寂れっぷりであった。
シーンとした店中で名物の過橋米線を食べていると「あ、猫が。」とO君が呟く。
なんとステージの上を猫が走り回っている始末。
そういえばこの日は昼も民族村で過橋米線を食べたし、夜もこのシーンとしたレストランで過橋米線を食べている。
なぜこんなに過橋米線が名物なのだろう、と思って聞いてみた。
すると「雲南省南部蒙自県の南湖にある小さな島は、科挙の試験を受ける書生が集中して勉強をするには適した場所で、ある書生がこの小島で科挙に備えて勉強に取り組んでいた。書生の妻は食事を作って運ぶのだが、夫はすぐに食べないのでいつも冷めてしまう。ある時、鶏を土鍋で煮込み夫の元へ届けたところ鶏油が浮いていて、長い時間が経過しても料理は熱さを保っていた。そこで米線を入れたところ、夫はとても美味しいと喜んで食した。夫が喜んだので、妻は度々この料理を作り、小島への橋を渡って夫の元へ運んでいた。後に夫は科挙に合格し、妻が届けた米線のおかげで合格できたと語られるようになった 」といういわれについて説明してくれた。(Wikipedia参照)
私「なるほどね。合格ラーメンって訳か。」
O君「そう言っちゃうとなんだか風情がないんですけど・・・」
味そのものよりもその縁起のよさを食べると言う感じ。伊勢うどんみたいなものか・・
モソ人の男女の相聞歌と踊り(モソは政府に新たな少数民族としてまだ認められていないためモソ族ではなくモソ人という)
アチャン族の住居
チベット族のマニ車と太鼓
猫が走り回るレストラン
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
→アジアン雑貨フルス
2012年5月12日土曜日
上海・昆明旅行記(2)
一日目(4月21日佐賀~上海)
最悪の出だし
色々考えたけど結局佐賀の実家に前泊し、車で空港まで送ってもらうことになった。
海外どころか国内ですら一人旅なんかしたことが無い私がいきなり中国に一人で行ってくるなんて行ったら親は仰天するだろうと思ってなかなか話を切り出せなかった。
妹の家が車を買っただの、友達の結婚の話とかどうでもいい話で盛り上がり、あやうく肝心なことを言いそびれそうになったが、佐賀空港から旅行に行くので前日にとめて欲しい、ということをようやく説明すると親はそれほど驚いた風でもなくあらそうなの、見たいな感じであっさり承諾してくれた。
ただ親は私が金曜日の夜に来ると言ったのに、なぜか木曜日に電話をかけてきて「今日何時ごろ着くの」とか言って「今日は来ないよ明日だよ」と言ったら「なあんだ。今日は仕事が休みだからいつ来てもいいと思ったのに」とすこしがっかりした様子だった。
当日の朝母が空港まで送ってくれることになった。
車に乗り込もうとしたらなんか臭い。
「臭いねえ」近所で肥料でも撒いているのだろうかと思ったのだが、なんと臭いのは自分だった。
がーん。
しかもかなり新鮮なものを踏んでしまったらしく、拭いても臭いがとれず一回家に戻って靴を洗う羽目に。
佐賀空港行きのシャトルバスの後ろを追いかけながら何とか空港にたどり着いた。
佐賀空港は狭い空港なので一階はいきなり春秋航空のカウンターになっており既に受付のために乗客の長い列ができていた。
思ったよりも日本人は少なく、ほとんどが上海へ帰る中国人ツアー客のようだった。空港には「翻譯」と書かれた帽子を被った通訳ボランティアの人が何人かいた。
何度か中国人観光客と間違われ中国語で話しかけられる。「チンウェン」「あ、私日本人ですけど。」みたいな感じでお互いに苦笑い。
カウンターでチケットを発行してもらい荷物検査に向かう。
「携帯電話のバッテリーは自然発火の恐れがあるため預け入れ荷物には入れられないので出して下さい」と係員の人に言われ、トランクを開けようとするもさっき付けたばかりの百均で買った錠前が開かない。
オーマイゴット。
冷や汗がでてきた。
十分ほど格闘していたが全く開く様子が無いので、職員の人にペンチで錠を壊してもらった。
ここがまだ日本でよかった。
佐賀空港の親切なおじさんありがとう。
それにしてもこんなに簡単にペンチで開くぐらいならはっきり行って鍵としての意味はあまり無い。その後は二階へあがるように言われパスポートのチェックなどを受け搭乗口に無事たどり着いた。飛行機の中は思ったほど窮屈というほどではなかった。
エコノミークラス症候群を防ぐために途中で体操の時間があってフライトアテンダントのお姉さんと一緒に「イー、アル、サン」と軽いストレッチを行う。途中で左隣の中国人の若い男性が人差し指で私の左腕を激しくつついてきた。
何かと思ったら時計を見せてくれと言う。
若者の左隣の人は仲間のようだったのでなんでそっちに聞かずに私に聞いてくるのかはちょっと分からなかった。
その後浦東国際空港に到着し、両替などを済ませて今度はバスで虹橋空港(次の日の朝国内線に乗るため)まで移動しそこから地下鉄で上海動物園駅まで行きそこから徒歩で移動。宝隆居家酒店というホテルになんとかたどり着く。
ホテルは事前にネットで予約しており支払いも済んでいるのでチェックインはそれほど難しくないはず。
と思っていた私が甘かったのか、受付の若いおねえちゃんはなんだかんだと言ってきて私を部屋に案内してくれない。
それどころか「あなたの予約した部屋はベットが三つもあるのでそんなにいらないだろうからあと80元払えば別の部屋に替えてやる」みたいなことを執拗に主張してきてなかなか埒が明かない。
大体元々が160元程度の部屋なのにさらに80元払えと言うのは納得がいかない。
結局「この人全然中国語わかんないし、どうしようもないから部屋に連れてって。はあ。」みたいな感じで客室係のおばちゃんに私を託してやっとあきらめてくれた。
ベットが無駄に三つもあるだけあって部屋自体は広いが、ネットはつながらないし、海外パケ放題すら圏外でつながらない。
風呂も浴槽はなくシャワーのみ。
とりあえず無事に着いたということだけは家族に連絡したかったのだけど、アイフォンはどうやっても圏外のままだった。
結局夕飯を食べるためにまた虹橋空港に地下鉄で戻りそこでもずっとアイフォンは圏外でどうもおかしい。
そこで一回アイフォンの電源を落としてもう一度電源を入れなおしてみた。(困った時の強制終了)そしたらなんとつながるではありませんか。
あせっていると人は意外と単純なことに気づかない。
初日は大体そんな感じで終わりました。(続く)
この日虹橋駅地下で食べた激辛牛肉麺。48元(約600円)と高かった(他の中華ファーストフードの店はセットで13元とか)けどかなり美味しかった。
ステーキ肉みたいなのがごろごろ入ってました。また食べたいです。
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
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最悪の出だし
色々考えたけど結局佐賀の実家に前泊し、車で空港まで送ってもらうことになった。
海外どころか国内ですら一人旅なんかしたことが無い私がいきなり中国に一人で行ってくるなんて行ったら親は仰天するだろうと思ってなかなか話を切り出せなかった。
妹の家が車を買っただの、友達の結婚の話とかどうでもいい話で盛り上がり、あやうく肝心なことを言いそびれそうになったが、佐賀空港から旅行に行くので前日にとめて欲しい、ということをようやく説明すると親はそれほど驚いた風でもなくあらそうなの、見たいな感じであっさり承諾してくれた。
ただ親は私が金曜日の夜に来ると言ったのに、なぜか木曜日に電話をかけてきて「今日何時ごろ着くの」とか言って「今日は来ないよ明日だよ」と言ったら「なあんだ。今日は仕事が休みだからいつ来てもいいと思ったのに」とすこしがっかりした様子だった。
当日の朝母が空港まで送ってくれることになった。
車に乗り込もうとしたらなんか臭い。
「臭いねえ」近所で肥料でも撒いているのだろうかと思ったのだが、なんと臭いのは自分だった。
がーん。
しかもかなり新鮮なものを踏んでしまったらしく、拭いても臭いがとれず一回家に戻って靴を洗う羽目に。
佐賀空港行きのシャトルバスの後ろを追いかけながら何とか空港にたどり着いた。
佐賀空港は狭い空港なので一階はいきなり春秋航空のカウンターになっており既に受付のために乗客の長い列ができていた。
思ったよりも日本人は少なく、ほとんどが上海へ帰る中国人ツアー客のようだった。空港には「翻譯」と書かれた帽子を被った通訳ボランティアの人が何人かいた。
何度か中国人観光客と間違われ中国語で話しかけられる。「チンウェン」「あ、私日本人ですけど。」みたいな感じでお互いに苦笑い。
カウンターでチケットを発行してもらい荷物検査に向かう。
「携帯電話のバッテリーは自然発火の恐れがあるため預け入れ荷物には入れられないので出して下さい」と係員の人に言われ、トランクを開けようとするもさっき付けたばかりの百均で買った錠前が開かない。
オーマイゴット。
冷や汗がでてきた。
十分ほど格闘していたが全く開く様子が無いので、職員の人にペンチで錠を壊してもらった。
ここがまだ日本でよかった。
佐賀空港の親切なおじさんありがとう。
それにしてもこんなに簡単にペンチで開くぐらいならはっきり行って鍵としての意味はあまり無い。その後は二階へあがるように言われパスポートのチェックなどを受け搭乗口に無事たどり着いた。飛行機の中は思ったほど窮屈というほどではなかった。
エコノミークラス症候群を防ぐために途中で体操の時間があってフライトアテンダントのお姉さんと一緒に「イー、アル、サン」と軽いストレッチを行う。途中で左隣の中国人の若い男性が人差し指で私の左腕を激しくつついてきた。
何かと思ったら時計を見せてくれと言う。
若者の左隣の人は仲間のようだったのでなんでそっちに聞かずに私に聞いてくるのかはちょっと分からなかった。
その後浦東国際空港に到着し、両替などを済ませて今度はバスで虹橋空港(次の日の朝国内線に乗るため)まで移動しそこから地下鉄で上海動物園駅まで行きそこから徒歩で移動。宝隆居家酒店というホテルになんとかたどり着く。
ホテルは事前にネットで予約しており支払いも済んでいるのでチェックインはそれほど難しくないはず。
と思っていた私が甘かったのか、受付の若いおねえちゃんはなんだかんだと言ってきて私を部屋に案内してくれない。
それどころか「あなたの予約した部屋はベットが三つもあるのでそんなにいらないだろうからあと80元払えば別の部屋に替えてやる」みたいなことを執拗に主張してきてなかなか埒が明かない。
大体元々が160元程度の部屋なのにさらに80元払えと言うのは納得がいかない。
結局「この人全然中国語わかんないし、どうしようもないから部屋に連れてって。はあ。」みたいな感じで客室係のおばちゃんに私を託してやっとあきらめてくれた。
ベットが無駄に三つもあるだけあって部屋自体は広いが、ネットはつながらないし、海外パケ放題すら圏外でつながらない。
風呂も浴槽はなくシャワーのみ。
とりあえず無事に着いたということだけは家族に連絡したかったのだけど、アイフォンはどうやっても圏外のままだった。
結局夕飯を食べるためにまた虹橋空港に地下鉄で戻りそこでもずっとアイフォンは圏外でどうもおかしい。
そこで一回アイフォンの電源を落としてもう一度電源を入れなおしてみた。(困った時の強制終了)そしたらなんとつながるではありませんか。
あせっていると人は意外と単純なことに気づかない。
初日は大体そんな感じで終わりました。(続く)
この日虹橋駅地下で食べた激辛牛肉麺。48元(約600円)と高かった(他の中華ファーストフードの店はセットで13元とか)けどかなり美味しかった。
ステーキ肉みたいなのがごろごろ入ってました。また食べたいです。
*今回の旅行で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますのでよかったらご覧下さい
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2012年5月11日金曜日
上海・昆明旅行記(1)
4月の21日から25日まで中国に旅行に行ってきました。
佐賀空港発の春秋航空を利用しました。
佐賀空港には何度か来たことがありましたが人気がなく閑散とした雰囲気だったのがうって変わってツアー客で溢れ返っていました。
乗客は8割方中国人観光客といったところ。髪型や炊飯器を手に持っていたりするのでなんとなく分かりますが、日本人との見分けははっきりとは付きません。
実際私も空港の職員(日本人)に何度も中国語で話しかけられました。
しかも私の顔をちょっと見て考えてから、「請問。」みたいな感じでなぜか微妙なところで中国人判定される私。
スリなどに狙われないようになるべく地味な格好で行ったほうがいいと思ってあまりおしゃれな格好をしていなかったのもあるけど。
実際のところ、私たち日本人から見てロシア人とウクライナ人とポーランド人の区別が困難なように、日本人も中国人も台湾人も世界的にみれば同じにしか見えない、人種的にほぼ親戚のようなものです。
一日目(21日 佐賀~上海)
・実家の駐車場でいきなり隣の家の飼い犬のふんを踏む
・100均で買った錠前がいきなり壊れる。
・隣の中国人に激しくつつかれて時計を見せさせられる。
・アイフォンがずっと圏外で連絡とれず。
・フロントのお姉さんと話し通じず、なぜかベットが3つもある部屋で寝る。
二日目(22日 上海~昆明)
・前日のタクシー予約にも関わらず朝からホテルの職員が人力でタクシーを拾う
・意外と厳しい国内線の検査
・もうすぐなくなる昆明の空港に到着
・ホテルにチェックイン
・二階建てバスに乗って雲南民族村へ
・ガイドブックに載っていたショーがみれるレストランへ
三日目(23日 昆明~上海)
・朝からトイレを詰まらせる。
・雲南省博物館は休館日で入れず
・カルフールでマツタケを買う
・翠湖公園
・円通寺
・偽アップルストア発見
・上海に一時間弱遅れで到着
四日目(24日 上海)
・なかなかたどり着かない上海博物館
・上海博物館に行く途中何度も写真を撮ってと頼まれる(後から有名な詐欺とわかる)
・田子坊と豫園をはしご
・間違えてすごく高いコーヒーを注文
五日目(25日 上海~佐賀~福岡)
・朝五時起きでリニアに乗って空港まで
・すごく遠い搭乗口
・結局重量オーバーで80元払う
・佐賀空港の麻薬探知犬にくんくんされる。
・佐賀空港でまた中国人観光客と間違えられる。
雲南省の省都昆明。日差しは強いが標高が高いので風は涼しい。
「諸悪なす莫れ」昆明最古の仏教寺円通寺にて
トンパ文字 雲南省などに住む少数民族ナシ族に伝わる現在世界で唯一の「生きた象形文字」と言われる
上海博物館・少数民族工芸館にて 満州族の民族衣装(所謂チャイナドレス)大体こんな感じです。
また少しずつ写真等UPしていきたいと思います。
あと、上海で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますので、よろしかったらご覧になって下さい。 アジアン雑貨フルス
佐賀空港発の春秋航空を利用しました。
佐賀空港には何度か来たことがありましたが人気がなく閑散とした雰囲気だったのがうって変わってツアー客で溢れ返っていました。
乗客は8割方中国人観光客といったところ。髪型や炊飯器を手に持っていたりするのでなんとなく分かりますが、日本人との見分けははっきりとは付きません。
実際私も空港の職員(日本人)に何度も中国語で話しかけられました。
しかも私の顔をちょっと見て考えてから、「請問。」みたいな感じでなぜか微妙なところで中国人判定される私。
スリなどに狙われないようになるべく地味な格好で行ったほうがいいと思ってあまりおしゃれな格好をしていなかったのもあるけど。
実際のところ、私たち日本人から見てロシア人とウクライナ人とポーランド人の区別が困難なように、日本人も中国人も台湾人も世界的にみれば同じにしか見えない、人種的にほぼ親戚のようなものです。
一日目(21日 佐賀~上海)
・実家の駐車場でいきなり隣の家の飼い犬のふんを踏む
・100均で買った錠前がいきなり壊れる。
・隣の中国人に激しくつつかれて時計を見せさせられる。
・アイフォンがずっと圏外で連絡とれず。
・フロントのお姉さんと話し通じず、なぜかベットが3つもある部屋で寝る。
二日目(22日 上海~昆明)
・前日のタクシー予約にも関わらず朝からホテルの職員が人力でタクシーを拾う
・意外と厳しい国内線の検査
・もうすぐなくなる昆明の空港に到着
・ホテルにチェックイン
・二階建てバスに乗って雲南民族村へ
・ガイドブックに載っていたショーがみれるレストランへ
三日目(23日 昆明~上海)
・朝からトイレを詰まらせる。
・雲南省博物館は休館日で入れず
・カルフールでマツタケを買う
・翠湖公園
・円通寺
・偽アップルストア発見
・上海に一時間弱遅れで到着
四日目(24日 上海)
・なかなかたどり着かない上海博物館
・上海博物館に行く途中何度も写真を撮ってと頼まれる(後から有名な詐欺とわかる)
・田子坊と豫園をはしご
・間違えてすごく高いコーヒーを注文
五日目(25日 上海~佐賀~福岡)
・朝五時起きでリニアに乗って空港まで
・すごく遠い搭乗口
・結局重量オーバーで80元払う
・佐賀空港の麻薬探知犬にくんくんされる。
・佐賀空港でまた中国人観光客と間違えられる。
雲南省の省都昆明。日差しは強いが標高が高いので風は涼しい。
「諸悪なす莫れ」昆明最古の仏教寺円通寺にて
トンパ文字 雲南省などに住む少数民族ナシ族に伝わる現在世界で唯一の「生きた象形文字」と言われる
上海博物館・少数民族工芸館にて 満州族の民族衣装(所謂チャイナドレス)大体こんな感じです。
また少しずつ写真等UPしていきたいと思います。
あと、上海で買い付けた雑貨をネットショップで販売していますので、よろしかったらご覧になって下さい。 アジアン雑貨フルス
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